≪ミルル視点≫
【ウゼエ】
≪もうリストカットなんて止めてよね?
理由は聞かないけど。
察するわよ≫
【覚えてネエ】
〔ゼロ、ミルル様に気に入られたことを感謝しなさいよ。
お陰で命拾いをしたのですから。
もう、広場で暴れては駄目ですよ〕
話は見えないけど。
ゼロさんは大人しくミルルに対応してくれてる。
これはナデシコやカンサイが隣にいたときも同じ。
キセキさんは近寄れば逃げるけど。
ゼロさんは側にいるとき、逃げない。
かと言って、馴れ馴れしいわけでもない。
ただ、休み時間や帰りの時間になればすぐに…。
どこかへ行って、いなかっただけ。
《ねえ、ゼロさん…。
ミルルのことは…。
どう思ってるわけ?》
ゼロさんの掌を指で揉んでみた。
本気で細い。
この国の人、全員…。
細過ぎる。
キセキさんより細い気がする。
《ゼロさん、ちょっと痩せたんじゃないの?
喉乾いてない?
魔法瓶に水が入ってるからあげるわよ》
ちょっとかわいそうになるレベル。
ココ数日で急に痩せたイメージ。
牢獄は大変だったんだって思う。
なんと言うか、顔では分からなかったけど…。
腕が細い。
肌が黒い分、余計に細く感じる。
【ウゼエ】
〔ゼロ、水をもらっておきなさい。
倒れますよ…。
確かにあそこは冷房は効いてますが。
水分制限があるので…〕
《それなのに、何故…。
ロビーには温水プールがあるわけよ》
ミルルは取り敢えず、手に持ってたボトルをゼロさんへ渡した。
ゼロさんは躊躇なく、魔法瓶から水を飲んでる。
ゼロさんの喉仏が動いてる。
ミルルはそれをボーと見た。
これって、間接キスなんだけど。
ゼロさん、全く動じてない。
ミルルはとても萌えてるけど、ゼロさんは何も感じないのかな?
確かにこの国…。
不潔なイメージだし、間接キスごときで騒いでるのって…。
ターシャ人だけかもしれない。
平和国ですら挨拶がハグとキスなんだから。
ミルルは潔癖症も手伝って、平和国のヴァカンス島では挨拶のキスを断ってきたけど…。
邪心国ってどんな文化なの?
将軍様、万歳しか全員、話してないけど。
あれが、挨拶なのかしら?
それから…。
ブラックジョーク…。
これも変わってる。
ターシャ国ならダジャレだけど。
平和国ならジョーク…つまり、冗談…だけど…。
ここの住人、割りと変なところで笑い出すからビックリする…。
ノアもゼロさんも。
あの、ネズミチュウ太郎も。
ミルルだけ全然笑えない…。
真顔になる。
カルチャーショックの連続だけど。
ミルルはゼロさんと仲良しになれるのかしら?
その前に…。
ヤギのミルクすら飲む気になれないんだけど…。
だって、ヤギ…。
人肉食ってるのよ?
しかも、住民もそうらしいのよ…。
ミルルはそこは無理すぎるわ。
そんな未開発国のゼロさんに惹かれる理由は何なの?
好きになった理由が謎過ぎるわ。
ゼロさんは確かに格好良いけど…。
ミルルはゼロさんの背中に手を回してる。
やっと会えたから嬉しいのは確か。
【ダリイ…】
〔そのまま、ゼロを将軍様へ面会させる気ですか?
ミルル様…〕
色々なことを考えてる間にエレベーターは6階に到着した。
☆☆☆
〈やあ、やあ、待ってたよ。
キミが…。
眼鏡ミルルだね。
ボクと会うのはこれで二回目になるだろうが…。
ハハハハハ〉
ダンディーな雰囲気でちょび髭を生やした、眼鏡をしてない30代程度の細い長身な男性…。
褐色の肌…これだけはミルルと違う、ミルルは黄色人種平均レベルな黄色身を帯びた肌色だから。
でも、血の繋がりを感じる…。
確かに顔立ちがミルルに似てる。
黒いストレートな髪、高く細い鼻筋…。
配置、細い顎。
アーモンド状の瞳…。
自分でも驚いた。
ミルルが雑誌のお遊びで男装の化粧をしたら…。
こうなったことがある。
予想以上に若い。
ミルルのお母さんは高齢出産で45でミルルを生んで、現在…今年、62歳。
それに反して…。
ミルルの実の父は…。
ノアの説明では35歳らしいから…。
《貴方が…。
ミルルの実の父って本当なの?
歳は35歳なんですって?》
〈その通りだ、我が娘よ…〉
《医大生だったんでしょ?
ターシャ大学の…。
お母さんは…。
そうだって…。
18歳の時の子なの…。
ミルルは…》
〈ああ、あれね。
偽造パスポートだよ〉
ノアから聞いたけど…更に詳しく聞いてみる。
《何で、精子バンクになんて登録をしたの?
良い迷惑だわ。
そのお陰でミルルはこの世に誕生した訳だけど…。
貴方が…。
ミルルのお父さんなんて幻滅も良いところよ。
認めないわよ。
こんなこと!》
〈おや、おや、
反抗期かい?
ハハハハハ。
威勢が良い。
気に入った。
キミは確かに…。
ボクの娘だ〉
《ミルルは父とは認めないわ。
ミルルは…。
親もなく生まれてきたんだから。
自分を神と信じ、自分の考えで…これからも生きていくわよ。
ターシャ国へ返して頂戴。
ゼロさんも一緒に連れていって良いでしょう?》
〔ミルル様…。
口を慎むべきです。
将軍様におそれ多い。
この国のアラビトガミ。
絶対君主なのですから…〕
〈ほほう…。
ノア、君が通報したゼロを…。
ミルルは釈放したのかね?
これは…。
残念だが、ノアの手柄は落ちたね。
ノアは軍医療班から一般へ移るかね?〉
〔将軍様…。
それは…〕
《ミルルをターシャ国へ返してくれるの?
くれないの?
返事を頂戴》
ミルルは悔し涙が出かけた。
冷たい表情をして笑ってる。
こんなのが…。
ミルルのお母さんが偶然、選んだ精子バンクの相手なんて。
《何故…。
18歳で…。
精子バンクになんて、登録したわけ?
ひとつも質問に答えてないわよ…。
国として、あんた以外の親族が全員…伝染病に犯されて死んで後継者について焦ってたとは聞いたけど…。
アンタがまさか殺したの?》
〔ミルル様、口を慎んだ方が…。
それ以上は〕
〈フッ…。
別にボクが悪いのでもない。
貝に当たっただけだよ〉
≪ハア?≫
〈キミは勘違いしてるが、ボクも被害者なんだよ。
食中毒はこの国で万栄してるからね。
珍しくないんだよ、集団食中毒0157で死亡する事例も〉
≪本当なの?…≫
〔確かに平均寿命17歳ですから…。
死亡原因はそういうことになってます…〕
≪でも6人も連続でしょう?
本当なの?≫
〈フフフフフ。
真相は闇だが、悩めば良い。
ボクが毒殺した証拠がある訳でもない。
ただ、ボクが将軍になったことだけが現実だ。
生き残った者が勝ちだから、死んだ方が負けだ。
ハハハハ〉
≪毒殺の可能性は…。
冗談じゃないわよ。
こんな奴が真面目にミルルの父な訳?
ブラックジョークにしててタチが悪すぎだわ。
否定してほしいわよ≫
〈アハハハ。
ボクの家族が死んだのもちょうどキミと同じ年頃だった。
キミは今、反抗期かい?
まさか…ボクを殺したいと願ってるのかい。
ハハハハハ〉
≪うるさいわね。
ミルルは絶対にアンタを実の父なんて認めないわ。
ミルルの精子バンクを介しての父は他にいると願ってるわ。
アンタな訳がない。
似ても似つかない≫
〈反抗するな…。
威勢が良い。
しかし、ボクにとっては、キミこそがボクが求めていた人材だ。
ノアは良いやつをスカウトした。
それから、ゼロ…。
キミもよくぞ発見した。
ハハハハハ〉
ミルルの怒りは頂点へ達した。
《何一つ語ってくれないのね?
ミルルは…。
足蹴りするわよ?
これでも段を取ってるのよ…。
武道はね…》
〈ほほう…。
しかし、ボクはキミに興味がある。
ノア、わがままが過ぎるらしい。
我が娘は…。
教育係にキミを抜擢しよう。
それから、ゼロ…。
我が娘はキミを特に贔屓らしい。
宦官になる気はあるか?〉
宦官は信じられないことに玉袋を切除するらしい…ノアから説明された。
現妃さまにも普通にいて、珍しいことでもないと…。
この国では王族に男性の愛人も女性の愛人も許されてて、一夫多妻制な国だって。
女性の愛人に子供が出来た際にだけ、妃として娶られる仕組みだとも…。
ということは…娘は宦官とは子供が出来ない…。
娘が生まれた場合は…政略結婚にしか利用されない国みたい…。
ミルルは…絶対、ゼロさんを宦官になんてさせる気はミルルにはない。
《絶対にゼロさんにそんなこと、やめてよね!
ゼロさんのこと、そんなことしたら、ミルルは…ここで舌を噛み切って自決するんだから!
ミルルは…。
ゼロさんが好きなんだから》
ミルルはゼロさんに強く抱擁して涙を流した。
ここは演技でもなく本気で泣いた。
本気で泣いたのって久しぶり。
悔し涙で、こんなのが父って認めたくないし。
怒りもあって、喉が勝手に痙攣する。
地面を足で蹴った。
〈そうかい、キミは真面目にゼロを慕ってるのかい?
弱ったなぁ。
キミは…。
平和国の富豪家へ政略結婚の駒として使う気だったんだが…。
この線が薄れてくる…。
どう、使えば良いものか…〉
《ミルルは道具じゃないわよ。
この冷血官、非常者!》
将軍はそこで嬉しそうに笑い狂った。
将軍だけは灰色な軍事服を着てる。
黒装束がこの国の正装だって思っていたけど、違うみたい。
確かに、窓の外から眺めた・…年に一度、開催される邪神教祭りの軍事パレード…。
軍人は全員、軍事服だった。
迷彩柄服や灰色の軍事服…。
いろいろあったけど、色によって位分けがされてるのかもしれない。
ミルルとノア、ゼロさんの三人は…全身が黒装束なフード付きポンチョ服。
将軍は肩幅が広い、威圧感のある雰囲気。
将軍は突然、パンパンと拍手を始めた。
〈クククク。
つかえそうにない、
ノア、この者の処刑をキミに頼もうか?
ハハハ〉
〔将軍様…。
ミルル様は学力優秀なうえに、体力、度胸…。
その他、全て兼ね備えて、容姿も将軍様にソックリです。
ミルル様を女帝として迎えることを私は強く薦めます〕
〈女帝か…。
ノア、キミに…我が息子達は不服かね?〉
〔そういうわけでは…〕
《ミルルがこの国で役に立たないなら、ゼロさんと一緒にターシャ国へ帰るわよ。
ミルルは平和国で女優として花を咲かせるんだから!》
将軍はクスクス笑ってる。
不気味な感じ。
顔立ちがミルルに似て、肌の色は褐色…眼鏡はしてないけど、ちょび髭を生やしてる。
血の繋がりを感じるのが嫌なところ。
〈そうかい、キミは女優になりたいのかね?
それでは…。
役に立つ。
パレードで演じてもらおうか?〉
《待って!
キスシーンがあるのは却下よ!
なしにしてよね!》
〈キスシーンをなしで女優と言えるのかね?
それなら、ロミオとジュリエットは無理だ。
限られてくる演劇が。
キミはわが国でどう優遇するか…〉
将軍は髭へ手を伸ばした、思考を巡らせるときの癖みたい。
〔ミルル様の処刑を考え直してくださるのですね。
私をミルル様専属のメイドに任命してくださるのですね。
将軍様〕
〈良いだろう。
ゼロを宦官にするのは嫌らしい。
そこは困った〉
《そんなことしたらミルルは死ぬか、アンタを殺すわよ!》
冗談じゃないわよ。
ミルルは将軍へ足蹴りをくらさせようとして、逆に脚を将軍に握られた。
一瞬で背中にゾクと嫌な汗が出た。
将軍はクスクス嬉しそうに笑ってる。
暫くして、将軍はミルルの足を離した…。
一瞬で肝が冷えあがった。
〈良い脚をしてる、流石、我が娘だ。
鍛えてるらしい、ここは褒めよう〉
≪ざけんじゃないわよ…≫
〈君は知らないだろうが…この国の流儀では普通なのだが。
遊女や宦官がだ。
しかし、仕方ない。
ゼロとノアの二人をミルルの教育係として任命しよう。
君たち二人は険悪だが、これで良しとしよう〉
ノアは嬉しそうに飛び上がった、褐色な頬がバラ色に輝いてる。
余程、嬉しいみたいだわ。
〔まあ、光栄な幸せですわ!
それで、私は何を?
どういった職場環境ですか?
冷房完備の王族室ですよね?〕
【オレは何をすりゃイイか…。
手短にしろ…】
ゼロさんは無愛想、褐色の肌に死んだような緑の瞳を浮かべてる。
〈ノア、キミは…。
ミルルへ医療班としての知識を。
ゼロ、キミは…。
ミルルへ射的や殺人術を教えてもらおう。
最低限のマナーも二人とも、ミルルへ教授するように〉
〔嬉しいですわ!
ミルル様、もちろん…。
私の方がメイドとして上ですよね?
夜の寝室は冷房の効いた部屋へ私を通してくださりますよね?〕
【殺人術カ…。
確かにノアはこの国、最弱だ。
教授は無理ダロウ…。
しかし、ミルルには平和国で女優になる夢があるラシイ。
帰還は無理カ…?】
ゼロさんとノアの視線の先は将軍、将軍はミルルを見ずに二人を見てる。
ミルルだけが・・この場に残されたような気分。
将軍は始終笑顔。
〈ボクはね…。
興味が沸いちゃったよ。
ハハハハハ。
だってさ、ボクの顔にソックリだからね…。
平和国で、女優だって?
前はボクと似た顔がスクリーンに出ることを興味あったけどね…。
今さらだろう?
ゼロ…〉
〔私は大賛成ですよ。
久しぶりに胸が高鳴りますね。
ウフフフ〕
【チ…。
面倒なことが増えヤガッタ…】
将軍はずっと笑ってる。
ミルルだけついていってない気分。
《ミルルをどうする気なの?
この国へ監禁して…》
ミルルは怒った表情で将軍に詰め寄った。
将軍はミルルを慣れたように避けた。
〈そうだなぁ…。
まず、手始めにターシャ国へ身代金要求でもしようか?
それから…。
金銭をいただいたら…。
トンヅラするのも手かもしれないねえ。
クハハハハハハハ。〉
《やり方が汚すぎるわ。
ミルルの身代金をもらったら、ちゃんとゼロさんと一緒に戻してくれるの?》
ミルルの頭に血が上って来た。
〈まあ、怒るな…。
ジョークだよ。
ボクとしてはカモネギだね。
これからどんなふうに使うか考えるのが楽しみだよ…。
他に利用価値もないだろう?〉
《どうせ、ターシャ国はお金なんて払わないわよ…。
払ってくれなかったらどうする気?》
ミルルは目をカッと開いた。
〈その時は怒ったフリして戦争を始めるのも手だね…。
手始めにジャシドン…。
あれを完成させたいね。
そして…。
ドカーンとね…。
ターシャ国の全てを抹消するのもイイかもね。
クハハハハハハハ!
ああ、おかしいよ!
ハハハハハ!〉
将軍は道化師のようにおどけてる。
それから、笑い転がって、おなかを抱えてる。
ミルルにはおぞましくて仕方ない。
自分の遺伝子を呪ってる。
認めたくもない。
《は?
ジャシドン…。
あれは…。
いったい…。
何なの?》
ミルルの声が掠れた。
ジャシドンとは…。
年に一度、ターシャ国で開催されるターシャ祭りの前日に邪神国から海へ落とされた謎の機械。
結局、ニュースでは人工衛星だって放送されていた。
あれが何なのかクラス中で話題になった。
〈古代兵器って知ってるかい?
昔からあったらしいけどね。
要するに核爆弾だよ〉
将軍は笑顔で嬉しそうに解説をしてる。
ミルルの表情は引き攣った。
《嘘でしょう?
そんなものを落として…。
ターシャ国がどうなるか、地球がどうなるか…。
被害は邪神国まで及ぶわよ》
将軍は指を揺らして舌打ちをした。
〈チッ、チッ、チ…。
キミは浅知恵だ。
戦争のどさくさに紛れて、炎に燃えた家に侵入して泥棒をする…。
わが国にあるコトワザだよ。
つまり、ハイリスクハイリターンだ〉
《ごめん、意味が分からない。
ちゃんと話して、馬鹿なの貴方…》
ミルルは頭を抱えた。
将軍はずっと笑顔。
〈キミは光栄に思え。
何かあれば、放射能をも凌げる防空壕へ隔離してやろう。
ジャシドンは、完成へ向かいつつあるが…。
問題は防空壕内の技術…。
水の確保と…。
食料の獲得技術だね。
これが揃わないから実行へ移せずにいる〉
《良かったわ…。
やめてよね、ブラックジョークばかり…》
ミルルの頭が混乱へ向かう。
将軍はハハハハハと笑い出した。
ミルルにはこれが喜劇には思えない。
笑いのツボも違い過ぎる。
〈ハハッハッハ。
しかし。
ボクが生きてる間に完成へ向かえば良い。
息子たちにもそう頼んでる。
アハッハハ〉
☆☆☆
ミルルは絶句した。
気が強いミルルをここまで口で倒すのは、人生初。
それより、胃が痛いのはこんな奴がミルルの父らしいって言うこと。
ミルルは長年、母を恨み、母に似てない自分を誇りに感じて来た。
でも今は違う。
ターシャ国に残してきた母にミルルは似てるって信じてる。
確かにミルルのお母さんは守銭奴でミルルの金を勝手につかうし、その癖自分は贅沢したり…。
嘘も一杯ついてたけど。
きっとミルルを愛してたって信じたい。
いつも、信じたいって思ってた。
〈しばらく、王族専用棺桶部屋にでも、入れておこうか?
ノアとゼロ、案内しなさい〉
〔棺桶部屋なんて知らないわ〕
【チッ…。
オレは知ってる。
来い…】
ゼロさんの声は荒々しく低い。
〔あら?
ゼロ、王族の部屋を知ってるの?〕
《棺桶部屋って…。
何なのよ?
それは…。
ねえ、ゼロさんは…。
どうして…》
〈ゼロ、キミにとっては昔馴染みに出会える素敵な部屋を用意してやった。
ハハハハハ〉
〔冷房は…。
完備されてるのですか?〕
《ゼロさんの馴染みがいるの?
誰なの?》
ミルルはゼロさんの痩せ細った手を握ってみた。
少し汗ばんでる。
ゼロさんの表情が険しいのが伝わってくる。
《ゼロさん…。
怒ってるの?
ミルルを前は…。
助けてくれたんだよね?
えと…》
【棺桶部屋には冷房が効いテル】
〔まあ!
それは、ゴージャスな部屋ですわ!
ササ、ゼロ…。
案内しなさい〕
〈王族の部屋だ、感謝したまえ。
キミたちは下がれ。
ボクは用事がある。
ほれ、鍵だ!〉
将軍は気味が悪い含み笑いをしてる。
それから鍵をポイッと投げてきた。
ミルルの手の中にそれはキャッチされた。
割りと将軍も運動神経が良いらしい。
〔将軍様、万歳。
邪神国に幸あれ!〕
【将軍様、万歳。
邪神国に幸アレ】
突然、ノアは嬉しそうに。
ゼロさんは仏頂面で低い声。
〔ほら、ミルル様も挨拶を。
これこそが邪神国流の挨拶です。
朝昼晩、1日3回言うのが日課です!〕
《ええ…。
将軍様、万歳。
邪神国に幸あれ》
手に鍵を握りしめて、釣られて話した。
挨拶らしい…。
これが…。
一応、規則には従うつもり。
郷に入れば郷に従わなければならないから。
☆☆☆
将軍様がいる部屋から去っていったあと。
6階の廊下で…。
ゼロさんは下を見詰めてる。
表情が暗い。
緑の瞳、焦点がどこに定まってるのか…。
分からない。
《ゼロさん、大丈夫?
調子が悪いの?
震えてるけど…》
ゼロさんが突然、発作が起きたように背中を痙攣させてる。
ミルルはギョッとした。
〔ああ。
薬の時間ですね〕
ノアは淡々と答えた。
《なんの薬なの?》
〔ただの精神安定剤ですよ…。
これがゼロには一番効くので。
ゼロはこれがないと寝れない体質なので…〕
《ふうん》
ゼロさんは疲れがたまってるみたい。
過呼吸が起きたかのように息を荒くした。
【棺桶部屋カ…。
依りにも寄って畜生目ガ…】
ゼロさんは何回も瞬きをして床を見詰めてる。
怒ってる顔ではない。
眉をしかめて…。
泣きそうなぐらい悲しそうな瞳なのに涙は出てない。
《棺桶部屋には何があるの?》
〔さあ…。
あまり良い部屋ではないのですかね。
〕
【来イ…】
ゼロさんは6階の長い廊下を歩いていく。
ミルルも慌てて着いていった。
〔6階より上が王族の間であることは知ってるのですが…。
この館、広くて…。
私も地理を把握してませんので…〕
ノアはゴニョゴニョ漏らしてる。
広い館内を右や左へかなり曲がりくねって、エレベーターから一番離れた部屋に到着した。
【此所ダ…】
灰色のドアを開くと。
仏壇ばかりが並んだ部屋。
そこにベッドがあって、テーブルもある。
気味が悪い部屋。
《何なの?
この墓は…》
【此所にオメエの兄…。
オレの友が眠ル…】
ゼロさんがシンミリしてる。
〔そうでしたか…。
そんな噂は聞いたことありますが。
ゼロはその関係で軍へ入隊を許可できたんですってね?〕
《どういう話なの?
さっきまで全く知らないって言ってたくせに…》
〔ふう…。
噂ですからね?
確証はないわけですが…。
ゼロがこの国にいる精子バンクを介して生まれてきた将軍様の息子を発見したらしいと言う噂ですが。
私もあの当時は…。
この国でそこまで上の位でもなかったので。
真相は謎ですが。
事実だったのですか?〕
《え?
この国にもミルルと同じように精子バンクを介して生まれた子が…。
将軍は何故そんなことを?》
〔これは…。
正直にお話ししましょう。
実はこの国の将軍様一族は…。
代々の血族婚で血が濃いのです。
大昔は兄弟結婚が普通でしたので。
血を絶やさぬようにそれが続いてきたそうです…。
それで先天的欠陥弱体児や奇形が続出するようになって…。
最近では…。
外からの血を求めて、公爵家から嫁を選ばず庶民から正妻を入れるようになったのです…。
それから…ここから先は…噂なのですが。
将軍様自身が不能と言う不名誉な噂まで流通していて…〕
《不能って何なの?》
〔ミルル様にはアダルトになりますが…。
性的なことに関心がおありにならないって意味です…。
モノが起たないという噂で。
一子も二子を受胎時にも膣内射精が無理だったと言う噂まであって…〕
意味を理解してミルルは絶句した。
こんな場合、どう反応すれば良いのか謎。
ゼロさんは普通に聞いてる。
《それで?》
〔それから…。
現第三子、サン妃様の息子…サンミル様は今年、3歳になったのですが…。
DNA鑑定で…。
将軍様の御子息でないことが判明して、奥さまのサン妃様18歳と共に、サンミル様も…ついこの前、処刑になりました…。
第1子イチ妃の息子…イチミル様14歳と、第2子二妃の息子…ニミル様10歳は…。
一応、将軍様の御子息なのですが…。
性格容姿、共に似てないことについて、疑問の声が周囲から上がっていて…〕
《そうなの…。
でも、将軍の子なのは…。
確かなんでしょう?》
〔そうなんですが。
私も彼らを手中にしようとしたのですが…。
長男、イチ妃の息子…イチミル様は14歳で…。
女性嫌いなのか、女性を見るだけで逃げる方で。
鍵を作ることしか興味がない偏屈者で…。
次男、二妃の息子…ニミル様10歳も似たような性格で…。
どうも彼らのメイドになって、私が冷房の効いた部屋で涼めることは難しそうで…〕
《そう…》
☆☆☆
第4部ミルルF
目次
第4部ミルルH
≪もうリストカットなんて止めてよね?
理由は聞かないけど。
察するわよ≫
【覚えてネエ】
〔ゼロ、ミルル様に気に入られたことを感謝しなさいよ。
お陰で命拾いをしたのですから。
もう、広場で暴れては駄目ですよ〕
話は見えないけど。
ゼロさんは大人しくミルルに対応してくれてる。
これはナデシコやカンサイが隣にいたときも同じ。
キセキさんは近寄れば逃げるけど。
ゼロさんは側にいるとき、逃げない。
かと言って、馴れ馴れしいわけでもない。
ただ、休み時間や帰りの時間になればすぐに…。
どこかへ行って、いなかっただけ。
《ねえ、ゼロさん…。
ミルルのことは…。
どう思ってるわけ?》
ゼロさんの掌を指で揉んでみた。
本気で細い。
この国の人、全員…。
細過ぎる。
キセキさんより細い気がする。
《ゼロさん、ちょっと痩せたんじゃないの?
喉乾いてない?
魔法瓶に水が入ってるからあげるわよ》
ちょっとかわいそうになるレベル。
ココ数日で急に痩せたイメージ。
牢獄は大変だったんだって思う。
なんと言うか、顔では分からなかったけど…。
腕が細い。
肌が黒い分、余計に細く感じる。
【ウゼエ】
〔ゼロ、水をもらっておきなさい。
倒れますよ…。
確かにあそこは冷房は効いてますが。
水分制限があるので…〕
《それなのに、何故…。
ロビーには温水プールがあるわけよ》
ミルルは取り敢えず、手に持ってたボトルをゼロさんへ渡した。
ゼロさんは躊躇なく、魔法瓶から水を飲んでる。
ゼロさんの喉仏が動いてる。
ミルルはそれをボーと見た。
これって、間接キスなんだけど。
ゼロさん、全く動じてない。
ミルルはとても萌えてるけど、ゼロさんは何も感じないのかな?
確かにこの国…。
不潔なイメージだし、間接キスごときで騒いでるのって…。
ターシャ人だけかもしれない。
平和国ですら挨拶がハグとキスなんだから。
ミルルは潔癖症も手伝って、平和国のヴァカンス島では挨拶のキスを断ってきたけど…。
邪心国ってどんな文化なの?
将軍様、万歳しか全員、話してないけど。
あれが、挨拶なのかしら?
それから…。
ブラックジョーク…。
これも変わってる。
ターシャ国ならダジャレだけど。
平和国ならジョーク…つまり、冗談…だけど…。
ここの住人、割りと変なところで笑い出すからビックリする…。
ノアもゼロさんも。
あの、ネズミチュウ太郎も。
ミルルだけ全然笑えない…。
真顔になる。
カルチャーショックの連続だけど。
ミルルはゼロさんと仲良しになれるのかしら?
その前に…。
ヤギのミルクすら飲む気になれないんだけど…。
だって、ヤギ…。
人肉食ってるのよ?
しかも、住民もそうらしいのよ…。
ミルルはそこは無理すぎるわ。
そんな未開発国のゼロさんに惹かれる理由は何なの?
好きになった理由が謎過ぎるわ。
ゼロさんは確かに格好良いけど…。
ミルルはゼロさんの背中に手を回してる。
やっと会えたから嬉しいのは確か。
【ダリイ…】
〔そのまま、ゼロを将軍様へ面会させる気ですか?
ミルル様…〕
色々なことを考えてる間にエレベーターは6階に到着した。
☆☆☆
〈やあ、やあ、待ってたよ。
キミが…。
眼鏡ミルルだね。
ボクと会うのはこれで二回目になるだろうが…。
ハハハハハ〉
ダンディーな雰囲気でちょび髭を生やした、眼鏡をしてない30代程度の細い長身な男性…。
褐色の肌…これだけはミルルと違う、ミルルは黄色人種平均レベルな黄色身を帯びた肌色だから。
でも、血の繋がりを感じる…。
確かに顔立ちがミルルに似てる。
黒いストレートな髪、高く細い鼻筋…。
配置、細い顎。
アーモンド状の瞳…。
自分でも驚いた。
ミルルが雑誌のお遊びで男装の化粧をしたら…。
こうなったことがある。
予想以上に若い。
ミルルのお母さんは高齢出産で45でミルルを生んで、現在…今年、62歳。
それに反して…。
ミルルの実の父は…。
ノアの説明では35歳らしいから…。
《貴方が…。
ミルルの実の父って本当なの?
歳は35歳なんですって?》
〈その通りだ、我が娘よ…〉
《医大生だったんでしょ?
ターシャ大学の…。
お母さんは…。
そうだって…。
18歳の時の子なの…。
ミルルは…》
〈ああ、あれね。
偽造パスポートだよ〉
ノアから聞いたけど…更に詳しく聞いてみる。
《何で、精子バンクになんて登録をしたの?
良い迷惑だわ。
そのお陰でミルルはこの世に誕生した訳だけど…。
貴方が…。
ミルルのお父さんなんて幻滅も良いところよ。
認めないわよ。
こんなこと!》
〈おや、おや、
反抗期かい?
ハハハハハ。
威勢が良い。
気に入った。
キミは確かに…。
ボクの娘だ〉
《ミルルは父とは認めないわ。
ミルルは…。
親もなく生まれてきたんだから。
自分を神と信じ、自分の考えで…これからも生きていくわよ。
ターシャ国へ返して頂戴。
ゼロさんも一緒に連れていって良いでしょう?》
〔ミルル様…。
口を慎むべきです。
将軍様におそれ多い。
この国のアラビトガミ。
絶対君主なのですから…〕
〈ほほう…。
ノア、君が通報したゼロを…。
ミルルは釈放したのかね?
これは…。
残念だが、ノアの手柄は落ちたね。
ノアは軍医療班から一般へ移るかね?〉
〔将軍様…。
それは…〕
《ミルルをターシャ国へ返してくれるの?
くれないの?
返事を頂戴》
ミルルは悔し涙が出かけた。
冷たい表情をして笑ってる。
こんなのが…。
ミルルのお母さんが偶然、選んだ精子バンクの相手なんて。
《何故…。
18歳で…。
精子バンクになんて、登録したわけ?
ひとつも質問に答えてないわよ…。
国として、あんた以外の親族が全員…伝染病に犯されて死んで後継者について焦ってたとは聞いたけど…。
アンタがまさか殺したの?》
〔ミルル様、口を慎んだ方が…。
それ以上は〕
〈フッ…。
別にボクが悪いのでもない。
貝に当たっただけだよ〉
≪ハア?≫
〈キミは勘違いしてるが、ボクも被害者なんだよ。
食中毒はこの国で万栄してるからね。
珍しくないんだよ、集団食中毒0157で死亡する事例も〉
≪本当なの?…≫
〔確かに平均寿命17歳ですから…。
死亡原因はそういうことになってます…〕
≪でも6人も連続でしょう?
本当なの?≫
〈フフフフフ。
真相は闇だが、悩めば良い。
ボクが毒殺した証拠がある訳でもない。
ただ、ボクが将軍になったことだけが現実だ。
生き残った者が勝ちだから、死んだ方が負けだ。
ハハハハ〉
≪毒殺の可能性は…。
冗談じゃないわよ。
こんな奴が真面目にミルルの父な訳?
ブラックジョークにしててタチが悪すぎだわ。
否定してほしいわよ≫
〈アハハハ。
ボクの家族が死んだのもちょうどキミと同じ年頃だった。
キミは今、反抗期かい?
まさか…ボクを殺したいと願ってるのかい。
ハハハハハ〉
≪うるさいわね。
ミルルは絶対にアンタを実の父なんて認めないわ。
ミルルの精子バンクを介しての父は他にいると願ってるわ。
アンタな訳がない。
似ても似つかない≫
〈反抗するな…。
威勢が良い。
しかし、ボクにとっては、キミこそがボクが求めていた人材だ。
ノアは良いやつをスカウトした。
それから、ゼロ…。
キミもよくぞ発見した。
ハハハハハ〉
ミルルの怒りは頂点へ達した。
《何一つ語ってくれないのね?
ミルルは…。
足蹴りするわよ?
これでも段を取ってるのよ…。
武道はね…》
〈ほほう…。
しかし、ボクはキミに興味がある。
ノア、わがままが過ぎるらしい。
我が娘は…。
教育係にキミを抜擢しよう。
それから、ゼロ…。
我が娘はキミを特に贔屓らしい。
宦官になる気はあるか?〉
宦官は信じられないことに玉袋を切除するらしい…ノアから説明された。
現妃さまにも普通にいて、珍しいことでもないと…。
この国では王族に男性の愛人も女性の愛人も許されてて、一夫多妻制な国だって。
女性の愛人に子供が出来た際にだけ、妃として娶られる仕組みだとも…。
ということは…娘は宦官とは子供が出来ない…。
娘が生まれた場合は…政略結婚にしか利用されない国みたい…。
ミルルは…絶対、ゼロさんを宦官になんてさせる気はミルルにはない。
《絶対にゼロさんにそんなこと、やめてよね!
ゼロさんのこと、そんなことしたら、ミルルは…ここで舌を噛み切って自決するんだから!
ミルルは…。
ゼロさんが好きなんだから》
ミルルはゼロさんに強く抱擁して涙を流した。
ここは演技でもなく本気で泣いた。
本気で泣いたのって久しぶり。
悔し涙で、こんなのが父って認めたくないし。
怒りもあって、喉が勝手に痙攣する。
地面を足で蹴った。
〈そうかい、キミは真面目にゼロを慕ってるのかい?
弱ったなぁ。
キミは…。
平和国の富豪家へ政略結婚の駒として使う気だったんだが…。
この線が薄れてくる…。
どう、使えば良いものか…〉
《ミルルは道具じゃないわよ。
この冷血官、非常者!》
将軍はそこで嬉しそうに笑い狂った。
将軍だけは灰色な軍事服を着てる。
黒装束がこの国の正装だって思っていたけど、違うみたい。
確かに、窓の外から眺めた・…年に一度、開催される邪神教祭りの軍事パレード…。
軍人は全員、軍事服だった。
迷彩柄服や灰色の軍事服…。
いろいろあったけど、色によって位分けがされてるのかもしれない。
ミルルとノア、ゼロさんの三人は…全身が黒装束なフード付きポンチョ服。
将軍は肩幅が広い、威圧感のある雰囲気。
将軍は突然、パンパンと拍手を始めた。
〈クククク。
つかえそうにない、
ノア、この者の処刑をキミに頼もうか?
ハハハ〉
〔将軍様…。
ミルル様は学力優秀なうえに、体力、度胸…。
その他、全て兼ね備えて、容姿も将軍様にソックリです。
ミルル様を女帝として迎えることを私は強く薦めます〕
〈女帝か…。
ノア、キミに…我が息子達は不服かね?〉
〔そういうわけでは…〕
《ミルルがこの国で役に立たないなら、ゼロさんと一緒にターシャ国へ帰るわよ。
ミルルは平和国で女優として花を咲かせるんだから!》
将軍はクスクス笑ってる。
不気味な感じ。
顔立ちがミルルに似て、肌の色は褐色…眼鏡はしてないけど、ちょび髭を生やしてる。
血の繋がりを感じるのが嫌なところ。
〈そうかい、キミは女優になりたいのかね?
それでは…。
役に立つ。
パレードで演じてもらおうか?〉
《待って!
キスシーンがあるのは却下よ!
なしにしてよね!》
〈キスシーンをなしで女優と言えるのかね?
それなら、ロミオとジュリエットは無理だ。
限られてくる演劇が。
キミはわが国でどう優遇するか…〉
将軍は髭へ手を伸ばした、思考を巡らせるときの癖みたい。
〔ミルル様の処刑を考え直してくださるのですね。
私をミルル様専属のメイドに任命してくださるのですね。
将軍様〕
〈良いだろう。
ゼロを宦官にするのは嫌らしい。
そこは困った〉
《そんなことしたらミルルは死ぬか、アンタを殺すわよ!》
冗談じゃないわよ。
ミルルは将軍へ足蹴りをくらさせようとして、逆に脚を将軍に握られた。
一瞬で背中にゾクと嫌な汗が出た。
将軍はクスクス嬉しそうに笑ってる。
暫くして、将軍はミルルの足を離した…。
一瞬で肝が冷えあがった。
〈良い脚をしてる、流石、我が娘だ。
鍛えてるらしい、ここは褒めよう〉
≪ざけんじゃないわよ…≫
〈君は知らないだろうが…この国の流儀では普通なのだが。
遊女や宦官がだ。
しかし、仕方ない。
ゼロとノアの二人をミルルの教育係として任命しよう。
君たち二人は険悪だが、これで良しとしよう〉
ノアは嬉しそうに飛び上がった、褐色な頬がバラ色に輝いてる。
余程、嬉しいみたいだわ。
〔まあ、光栄な幸せですわ!
それで、私は何を?
どういった職場環境ですか?
冷房完備の王族室ですよね?〕
【オレは何をすりゃイイか…。
手短にしろ…】
ゼロさんは無愛想、褐色の肌に死んだような緑の瞳を浮かべてる。
〈ノア、キミは…。
ミルルへ医療班としての知識を。
ゼロ、キミは…。
ミルルへ射的や殺人術を教えてもらおう。
最低限のマナーも二人とも、ミルルへ教授するように〉
〔嬉しいですわ!
ミルル様、もちろん…。
私の方がメイドとして上ですよね?
夜の寝室は冷房の効いた部屋へ私を通してくださりますよね?〕
【殺人術カ…。
確かにノアはこの国、最弱だ。
教授は無理ダロウ…。
しかし、ミルルには平和国で女優になる夢があるラシイ。
帰還は無理カ…?】
ゼロさんとノアの視線の先は将軍、将軍はミルルを見ずに二人を見てる。
ミルルだけが・・この場に残されたような気分。
将軍は始終笑顔。
〈ボクはね…。
興味が沸いちゃったよ。
ハハハハハ。
だってさ、ボクの顔にソックリだからね…。
平和国で、女優だって?
前はボクと似た顔がスクリーンに出ることを興味あったけどね…。
今さらだろう?
ゼロ…〉
〔私は大賛成ですよ。
久しぶりに胸が高鳴りますね。
ウフフフ〕
【チ…。
面倒なことが増えヤガッタ…】
将軍はずっと笑ってる。
ミルルだけついていってない気分。
《ミルルをどうする気なの?
この国へ監禁して…》
ミルルは怒った表情で将軍に詰め寄った。
将軍はミルルを慣れたように避けた。
〈そうだなぁ…。
まず、手始めにターシャ国へ身代金要求でもしようか?
それから…。
金銭をいただいたら…。
トンヅラするのも手かもしれないねえ。
クハハハハハハハ。〉
《やり方が汚すぎるわ。
ミルルの身代金をもらったら、ちゃんとゼロさんと一緒に戻してくれるの?》
ミルルの頭に血が上って来た。
〈まあ、怒るな…。
ジョークだよ。
ボクとしてはカモネギだね。
これからどんなふうに使うか考えるのが楽しみだよ…。
他に利用価値もないだろう?〉
《どうせ、ターシャ国はお金なんて払わないわよ…。
払ってくれなかったらどうする気?》
ミルルは目をカッと開いた。
〈その時は怒ったフリして戦争を始めるのも手だね…。
手始めにジャシドン…。
あれを完成させたいね。
そして…。
ドカーンとね…。
ターシャ国の全てを抹消するのもイイかもね。
クハハハハハハハ!
ああ、おかしいよ!
ハハハハハ!〉
将軍は道化師のようにおどけてる。
それから、笑い転がって、おなかを抱えてる。
ミルルにはおぞましくて仕方ない。
自分の遺伝子を呪ってる。
認めたくもない。
《は?
ジャシドン…。
あれは…。
いったい…。
何なの?》
ミルルの声が掠れた。
ジャシドンとは…。
年に一度、ターシャ国で開催されるターシャ祭りの前日に邪神国から海へ落とされた謎の機械。
結局、ニュースでは人工衛星だって放送されていた。
あれが何なのかクラス中で話題になった。
〈古代兵器って知ってるかい?
昔からあったらしいけどね。
要するに核爆弾だよ〉
将軍は笑顔で嬉しそうに解説をしてる。
ミルルの表情は引き攣った。
《嘘でしょう?
そんなものを落として…。
ターシャ国がどうなるか、地球がどうなるか…。
被害は邪神国まで及ぶわよ》
将軍は指を揺らして舌打ちをした。
〈チッ、チッ、チ…。
キミは浅知恵だ。
戦争のどさくさに紛れて、炎に燃えた家に侵入して泥棒をする…。
わが国にあるコトワザだよ。
つまり、ハイリスクハイリターンだ〉
《ごめん、意味が分からない。
ちゃんと話して、馬鹿なの貴方…》
ミルルは頭を抱えた。
将軍はずっと笑顔。
〈キミは光栄に思え。
何かあれば、放射能をも凌げる防空壕へ隔離してやろう。
ジャシドンは、完成へ向かいつつあるが…。
問題は防空壕内の技術…。
水の確保と…。
食料の獲得技術だね。
これが揃わないから実行へ移せずにいる〉
《良かったわ…。
やめてよね、ブラックジョークばかり…》
ミルルの頭が混乱へ向かう。
将軍はハハハハハと笑い出した。
ミルルにはこれが喜劇には思えない。
笑いのツボも違い過ぎる。
〈ハハッハッハ。
しかし。
ボクが生きてる間に完成へ向かえば良い。
息子たちにもそう頼んでる。
アハッハハ〉
☆☆☆
ミルルは絶句した。
気が強いミルルをここまで口で倒すのは、人生初。
それより、胃が痛いのはこんな奴がミルルの父らしいって言うこと。
ミルルは長年、母を恨み、母に似てない自分を誇りに感じて来た。
でも今は違う。
ターシャ国に残してきた母にミルルは似てるって信じてる。
確かにミルルのお母さんは守銭奴でミルルの金を勝手につかうし、その癖自分は贅沢したり…。
嘘も一杯ついてたけど。
きっとミルルを愛してたって信じたい。
いつも、信じたいって思ってた。
〈しばらく、王族専用棺桶部屋にでも、入れておこうか?
ノアとゼロ、案内しなさい〉
〔棺桶部屋なんて知らないわ〕
【チッ…。
オレは知ってる。
来い…】
ゼロさんの声は荒々しく低い。
〔あら?
ゼロ、王族の部屋を知ってるの?〕
《棺桶部屋って…。
何なのよ?
それは…。
ねえ、ゼロさんは…。
どうして…》
〈ゼロ、キミにとっては昔馴染みに出会える素敵な部屋を用意してやった。
ハハハハハ〉
〔冷房は…。
完備されてるのですか?〕
《ゼロさんの馴染みがいるの?
誰なの?》
ミルルはゼロさんの痩せ細った手を握ってみた。
少し汗ばんでる。
ゼロさんの表情が険しいのが伝わってくる。
《ゼロさん…。
怒ってるの?
ミルルを前は…。
助けてくれたんだよね?
えと…》
【棺桶部屋には冷房が効いテル】
〔まあ!
それは、ゴージャスな部屋ですわ!
ササ、ゼロ…。
案内しなさい〕
〈王族の部屋だ、感謝したまえ。
キミたちは下がれ。
ボクは用事がある。
ほれ、鍵だ!〉
将軍は気味が悪い含み笑いをしてる。
それから鍵をポイッと投げてきた。
ミルルの手の中にそれはキャッチされた。
割りと将軍も運動神経が良いらしい。
〔将軍様、万歳。
邪神国に幸あれ!〕
【将軍様、万歳。
邪神国に幸アレ】
突然、ノアは嬉しそうに。
ゼロさんは仏頂面で低い声。
〔ほら、ミルル様も挨拶を。
これこそが邪神国流の挨拶です。
朝昼晩、1日3回言うのが日課です!〕
《ええ…。
将軍様、万歳。
邪神国に幸あれ》
手に鍵を握りしめて、釣られて話した。
挨拶らしい…。
これが…。
一応、規則には従うつもり。
郷に入れば郷に従わなければならないから。
☆☆☆
将軍様がいる部屋から去っていったあと。
6階の廊下で…。
ゼロさんは下を見詰めてる。
表情が暗い。
緑の瞳、焦点がどこに定まってるのか…。
分からない。
《ゼロさん、大丈夫?
調子が悪いの?
震えてるけど…》
ゼロさんが突然、発作が起きたように背中を痙攣させてる。
ミルルはギョッとした。
〔ああ。
薬の時間ですね〕
ノアは淡々と答えた。
《なんの薬なの?》
〔ただの精神安定剤ですよ…。
これがゼロには一番効くので。
ゼロはこれがないと寝れない体質なので…〕
《ふうん》
ゼロさんは疲れがたまってるみたい。
過呼吸が起きたかのように息を荒くした。
【棺桶部屋カ…。
依りにも寄って畜生目ガ…】
ゼロさんは何回も瞬きをして床を見詰めてる。
怒ってる顔ではない。
眉をしかめて…。
泣きそうなぐらい悲しそうな瞳なのに涙は出てない。
《棺桶部屋には何があるの?》
〔さあ…。
あまり良い部屋ではないのですかね。
〕
【来イ…】
ゼロさんは6階の長い廊下を歩いていく。
ミルルも慌てて着いていった。
〔6階より上が王族の間であることは知ってるのですが…。
この館、広くて…。
私も地理を把握してませんので…〕
ノアはゴニョゴニョ漏らしてる。
広い館内を右や左へかなり曲がりくねって、エレベーターから一番離れた部屋に到着した。
【此所ダ…】
灰色のドアを開くと。
仏壇ばかりが並んだ部屋。
そこにベッドがあって、テーブルもある。
気味が悪い部屋。
《何なの?
この墓は…》
【此所にオメエの兄…。
オレの友が眠ル…】
ゼロさんがシンミリしてる。
〔そうでしたか…。
そんな噂は聞いたことありますが。
ゼロはその関係で軍へ入隊を許可できたんですってね?〕
《どういう話なの?
さっきまで全く知らないって言ってたくせに…》
〔ふう…。
噂ですからね?
確証はないわけですが…。
ゼロがこの国にいる精子バンクを介して生まれてきた将軍様の息子を発見したらしいと言う噂ですが。
私もあの当時は…。
この国でそこまで上の位でもなかったので。
真相は謎ですが。
事実だったのですか?〕
《え?
この国にもミルルと同じように精子バンクを介して生まれた子が…。
将軍は何故そんなことを?》
〔これは…。
正直にお話ししましょう。
実はこの国の将軍様一族は…。
代々の血族婚で血が濃いのです。
大昔は兄弟結婚が普通でしたので。
血を絶やさぬようにそれが続いてきたそうです…。
それで先天的欠陥弱体児や奇形が続出するようになって…。
最近では…。
外からの血を求めて、公爵家から嫁を選ばず庶民から正妻を入れるようになったのです…。
それから…ここから先は…噂なのですが。
将軍様自身が不能と言う不名誉な噂まで流通していて…〕
《不能って何なの?》
〔ミルル様にはアダルトになりますが…。
性的なことに関心がおありにならないって意味です…。
モノが起たないという噂で。
一子も二子を受胎時にも膣内射精が無理だったと言う噂まであって…〕
意味を理解してミルルは絶句した。
こんな場合、どう反応すれば良いのか謎。
ゼロさんは普通に聞いてる。
《それで?》
〔それから…。
現第三子、サン妃様の息子…サンミル様は今年、3歳になったのですが…。
DNA鑑定で…。
将軍様の御子息でないことが判明して、奥さまのサン妃様18歳と共に、サンミル様も…ついこの前、処刑になりました…。
第1子イチ妃の息子…イチミル様14歳と、第2子二妃の息子…ニミル様10歳は…。
一応、将軍様の御子息なのですが…。
性格容姿、共に似てないことについて、疑問の声が周囲から上がっていて…〕
《そうなの…。
でも、将軍の子なのは…。
確かなんでしょう?》
〔そうなんですが。
私も彼らを手中にしようとしたのですが…。
長男、イチ妃の息子…イチミル様は14歳で…。
女性嫌いなのか、女性を見るだけで逃げる方で。
鍵を作ることしか興味がない偏屈者で…。
次男、二妃の息子…ニミル様10歳も似たような性格で…。
どうも彼らのメイドになって、私が冷房の効いた部屋で涼めることは難しそうで…〕
《そう…》
☆☆☆
第4部ミルルF
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