≪ミルル視点≫
〔撃つ気を失くしましたか?
ゼロのところへなら案内いたしましょう?
どうですか?
この国の姫様と知って嬉しいですか?
私は貴女が殺したいレベルに羨ましい…。
この国でここまで優遇っされて…。
憎ましい…〕
確かに撃つ気は一瞬、なくなった。
キセキさんの怯えた顔を思い出したから。
キセキさんと同じ表情をした人間を殺す気には別にならない。
別に、気に入ったと言っても、人間として。
性的には無理すぎだけど、ミルルはノーマルだし。
ただ、こういう遊びが大好きなのは確か…。
それも子供時代から。
苛めるのがたまらない。
気に入った人間ほど、しつこく追い掛け回したくなる。
嫌われるレベルに…。
そう言う自覚はあるし…そのせいで、キセキさんにはとことん、嫌われてしまった。
≪気分最悪だわ。
嘘でしょう?
精子バンクだとは聞いてたわ、母から…。
ターシャ国立大学の医大生だと…≫
〔偽造戸籍です。
貴方の髪、…それから…DNA鑑定でも、一致してます。
ゼロのデーターからもそれが…〕
≪どうでも良いわ、案内して頂戴…。
その囚人施設へ≫
〔良いでしょう…。
拳銃をこちらへ〕
≪渡す訳ないでしょう?
これは私を守る道具よ。
これさえあれば、全員…命令に従うんだから…≫
良いおもちゃだわ。
皆がミルルを見て、怯える。
これほど楽しいことなんてない。
面白すぎる。
〔囚人施設は外を出て、南の橋を渡らなければなりません。
貴方には暑いと思いますが…耐えられますか?〕
≪体力だけは自信があるわ、良いわ…≫
〔…〕
ノアはそこで口を閉ざした。
ミルルは頭が混乱気味…。
邪神国にミルルのお父さんがいるらしい件について…。
ミルルの親は誰もいないと信じて生きてきた。
ミルルは稼いでるし、一人で生きてる気でいた。
別に父に関してはどうでも良いけど…。
ただ、この国から帰れる確率が…グンと減りそうな気がして仕方ない。
ノアは何が魂胆なの?
この女、一癖も二癖もあることだけは分かる…。
〔この国では…悪こそが尊いとされてます。
だから、この国の住人と話すときは…それを前提に話さなければ…。
処刑が決行されます。
理解してますか…。
まあ、大丈夫でしょうけれど…〕
≪知ってるわ…≫
〔外は50℃を越えてます。
水が必要でしょう…。
私の黒装束衣装の中に水筒が入ってる筈です。
ここにある水を入れるべきです。
この手洗い場の水は飲み水も兼ねてますから〕
≪…饒舌ね…≫
〔私が囚人施設へ案内したとなれば、すべて私の責任になってきます。
水は必要でしょう〕
ミルルは仕方なしに…ノアの黒装束な衣装から水筒らしきものを取った。
魔法瓶みたい。
それから、水道の蛇口をひねって、水を入れる。
〔私は魔法瓶ですが…。
この軍事施設は…国の重要機関です。
水はこの国では貴重です。
それから…外は治安が大変で…。
この水筒を巡って、争いが…。
私に手錠をしたと言うことは…野党が襲ってきた場合、貴女が対処をしなければなりません・・。できますか・・?
庶民は山羊の皮で出来た水筒ですら…高級です。
この魔法瓶はこの国の宝です〕
≪何、言ってる訳?
普通の魔法瓶でしょ?≫
〔邪神国では現在、オアシスの利権を巡って…。
争いが絶えません…。
邪神国内部に3部族がいて…。
新派、旧派、異端派…。
この3部族が…この場所、聖地を巡って…外では争いが…。
囚人施設は…このオアシスの外れです〕
≪…水に乏しい話なら聞いてたわ。
実感、沸かないわね…。
ここは手洗いも完備されてるじゃない?≫
〔軍事施設だからです。
将軍様のお陰です…。
将軍様の御厚意で…私たちは守られています…〕
≪将軍様万歳なわけね…≫
〔しかし、外は砂嵐です。
拳銃の腕は確かですか?
うろうろ、危険人物がいます。
その辺一帯、盗賊ばかりです。
ターシャ国と同じと思ってもらったら、困ります。
囚人施設へ向かうのは止した方が…。
女二人で出るような場所ではありません…〕
≪脅してる訳?
歩くわよ。
どれぐらいの距離よ?
それとも…車なの??≫
〔車の方が賢明でしょうね…。
10km程度で歩けない距離ではありませんが…。
この手錠があれば、私が運転することは…無理でしょうけど…〕
交渉をしてるみたい…。
≪運転…してくれるかしら?
車の中で手錠は取るわ≫
〔物わかりがよろしい。
それなら、まず、手洗い場を出て、階段を下りましょう〕
≪…≫
運転しなければならない距離みたい。
運転中は…ミルルは銃をノアに向ける気ではいるけど…。
隙を見せたら、この女…反撃してきそうで…何だか、仕方ない。
〔もう一つ、その衣装で…外に出るのは止しなさい。
襲われます。
絶対です。
例え、暑くても私と同じ黒装束衣装に着替えなさい〕
≪自棄にお節介じゃないの?
何が魂胆なの?≫
〔車で運転中に貴方が・・誰かに襲われた時、私は…貴女から拳銃を奪われてる状況にあります。
誰が…私の身を守るのですか?
リスクは少ない方が賢明でしょう…。
そんな桃色ノースリーブワンピで歩いてるのは・・この国では売春婦しかいません。
真っ先に絡まれるでしょう。
それから…どうなるかは私も保証できません…。
水筒があると知れば、連中は…目の色を変えるでしょう…〕
≪…。
信じられないわ。
普段、何を飲んでる訳?
この国って…≫
〔山羊のミルク…それぐらいです。
山羊は海水を飲んで生きてます。
人はその山羊から出るミルクを飲みます。
その山羊のミルクも高価で…たまに降る雨水を…庶民は雨乞いをします。
真水は更に高価です。
水があるだけで本気で…軍の者と判断され、嫉妬もかねて殺されます。
私は真実を述べてます…。
ここは砂漠ですから〕
≪…。
水を飲まないの?≫
〔水は高価です。
それ以上は話せません…。
輸血の血液ですら飲料として欲しがるレベルに…この国では水に飢えてます…。
だからこそ、将軍様は…ターシャ国を手中にしようと躍起になってます。
将軍様があっての国です〕
≪…人間の生き血を吸う訳?
まるでドラキュラね…≫
〔邪神国では普通です。
まあ、貴女には理解できない世界でしょうけど。
外は危険だと言うことは伝えておきましょう。
まず、軍事用の着替え室へ向かうべきです。
その衣装はお良しなさい。
それが賢明です〕
≪仕方ないわ…。
その着替え室はどこなわけ?≫
〔一階にあります〕
☆☆☆
ノアに案内されて、ミルルは付いていく。
≪エレベーターとかないわけ?≫
〔エレベーターは軍でも上の方しかつかえないんですがね…。
我が国は電力事情が困難で。
なるべく節電と言われてますので。
将軍様の許可証があれば、つかえますが…。
鍵がないとエレベーターは使えませんね。
勝手に使えば、あとから、将軍様からお咎めが…。
それでも良いですか?
将軍様のお妃さまや…御子息…それから遊女様、…妃さまの宦官様などは…自由に使えるのですが…。
私は別にそう言う訳でもないので…〕
≪遊女がいるの?
まあ、いそうだけど…≫
〔遊女と言うより…愛人ですね…。
これ以上は私は口を慎みましょう。
まだ、私を信用しないのですか?
隣にある銃が邪魔なんですが…〕
≪銃ね?
信用できるわけないでしょう?
どうせ、この銃がなければ…その足で貴女は助けを呼ぶに決まってるでしょ?
でも変ね?
その割には…ミルルが入れられてた部屋には冷房が完備されてたし、6階の手洗い場にも冷房が効いてたじゃない?
矛盾してるわよ≫
〔一応、VIP待遇ですので・…。
6階は将軍様も通りになる部屋なのですが…。
1階は軍用施設なので…〕
≪ふうん…。
階段なの?≫
〔電力が乏しいのです。
この大地には太陽光さえ降り下りてこない砂嵐でまみれて…。
高温な地形ですが…太陽光発電なんて代物は無理で。
それから…水力にも乏しく。
電動力が足りてない事情があります〕
≪風力発電で良いんじゃないの?≫
〔コスト面ですね…。
資源に乏しい国ですので…〕
≪はあ…。
いろいろ鎖国だから、全く状況は分からないけど…。
階段なの?
良いわよ?
別に…。
運動にもなるでしょう?≫
ミルルは6階の廊下を渡って、階段があるらしいという赤い扉を開けた。
その瞬間、驚いた。
信じられないくらいの熱風が…階段の下からムワっとやって来る。
例えてみるならドライヤーの温風みたいな…。
≪ちょっと、何なの?
これ…≫
まるで、ドアの先はドライサウナ・・。
風が肌に焼けついて来る。
ミルルの長い髪が熱風で揺れまくる。
ノアの髪も揺れてる…。
ノアはそれでも…長袖の黒装束を着てる・・。
どう見ても、暑そうなのに、平然としてる。
≪ストップ。
水を飲んでからにするわ。
階段へ下りるのは…≫
〔やはり…ターシャ人では無理でしたか?
この先、囚人施設へ向かう際は…ずっとこれになりますよ?〕
≪そのために脱水対策として、水を飲んでからにするわ。
水筒がそれだけしかないわけでしょ?≫
〔そうですね…。
2リットル満杯で足りませんか?〕
≪念には念よ…。
ゼロさんは水、飲んでるの?≫
〔さあ…一日500ミリリットルもあればこの国の人なら足りるでしょうが…。
それだけ汗をかくなら…。
貴方には水が必要かもしれませんね〕
≪手洗い場へ戻りなさい、魔法瓶はそれだけなわけ?≫
〔魔法瓶が欲しいのですか?
しかし…貴重なのですが…。
一階にあります。
兵士には配給として、ランクに応じて…1〜2リットルの水が毎日、配られますから。
しかし、水が自由に飲めるのはこの階だけです。
ここは王族専用の階ですから…。
一応、VIP待遇なんですよ?〕
≪そう…。
それなら…。
でも、まず…水は飲むわよ…≫
〔汗かきなんですか?〕
≪尋常じゃないわよ。
飲めるだけ飲んでおくわ≫
ここは王族専用な階らしいけど…。
ミルルがこの国の将軍の精子バンクで生まれた娘だって知った。
そんな人間が、多分…ノアを威嚇したところで…。
ミルルは殺されない。
ノアの発言一つ一つで感じることは…。
ノアはどうもミルルを手中にしたいみたい。
要するにノアは…この国の将軍の愛人でもないし…妃でもない。
ノアはどれぐらいの権力者なのか不明だけど…そんな気がする。
それからエレベーターを使う権利すらないみたい。
ミルルはノアよりこの国では強いのかもしれない・・権力が。
まだ、将軍と会ってないから分からないけど…。
それにしても…課題は…。
まず、ゼロさんを助け出すこと。
それから…この事実を知ったけど…。
果たして、無償でミルルを祖国へ返還してくれるかってこと。
知れば知るほど、返してもらえない可能性が高くなる。
ミルルは一人、手洗い場へ急ぎ足で戻った。
それから水道の蛇口をひねって、喉を潤した。
ゴクゴク…。
ノアは目をパチクリしてる。
今、銃をノアに向けてない。
ノアは今なら…叫んで、ミルルが脱出を図ってることを全員に伝えられる。
でも、敢えてそれをしない…。
何を考えてるのか…そこは不明。
お腹が水腹になるぐらい飲んでいい。
本気で階段一歩先は…ドライアー並みの熱風。
ここぐらいしか…しかも水がないらしいから…。
≪飲んだわよ、行きましょう≫
〔慎重なんですね…。
向こう見ずな方かと…〕
ミルルは再び、ノアに銃を充てた。
≪窓の下…ずっと整列してるわね‥。
今日は軍事パレードなのね…≫
〔年に一度の邪神祭りですから・・。
今日は…。
将軍様や妃さまも外でパレードの観戦をしてらっしゃるでしょう・…。
ミルル様はこの国の事情に詳しくないでしょうから…私が説明をしましょう…〕
ノアはコホンと咳ばらいをした。
ミルルが銃口を充ててるのにも関わらず、ノアは平然としてる。
〔現在の将軍様は幼名をミールと言い、今…35歳です。
それから、その妻に関しては…。
一人目は…イチ妃は28歳で、息子はイチミル、14歳。
二人目の妻は…二妃で23歳、息子はニミル、10歳。
三人目の妻は…サン妃18歳、息子サンミルは3歳でしたが…。
DNA鑑定の結果、サン妃の息子サンミル様が将軍様の子ではないことが判明してですね…。
今年…奥様もサンミル様も国罪人として…処刑決行されたところです。
私の説明…覚えましたか?〕
ミルルは一応、銃はそのまま片手に握ってる。
そこでニンマリ、ミルルは笑みを浮かべた。
≪自棄にイチ妃、ニ妃、サン妃と適当な名前じゃないの?
ミルル、歴史は得意だわ。
それから…イチ妃は14歳で出産でしょう?
それからニ妃は13歳で出産…サン妃も…15歳で出産…早くない?
息子の名前も適当だわ…イチミル、ニミル、サンミルでしょう?
お蔭で覚えやすいけど…≫
能力を自慢するのはとても楽しい。
ミルルの反応にノアは機嫌を良くした。
〔我が国で名前が頂けるのは特権階級なので…。
それから、我が国ではミール貝を他とする貝が…将軍様一族にだけ許される高級食材なので。
その運気にあやかろうと貝を元にした名前が将軍家にはよく付けられます〕
≪ミルルは…どうして…。
こういう名前なの?
お母さんが名付けたんでしょう?
自棄にミルルにそっくりな名前ばかりね…。
まさか、名付け親が将軍なの?≫
〔いいえ。
それこそ、将軍様も驚いてます。
これは本当の偶然です〕
≪偶然…なの?≫
〔ミルル様は…貝がお好きですか?〕
≪そう言えば…ミルルを妊娠した時に、お母さんがミール貝ばかり食べたくなったから…。
ミルルって銘々したとか話してたけど…≫
〔将軍様一族もミルル様と同じ嗜好で、ミール貝を好んで食べてますわ。
だから、名前に関しては本当に偶然で…。
私も驚きですね〕
≪そうなの…≫
ミルルは銃を向けてるけど…撃つ気を失くしつつある。
ノアは胸元を手で抑えつけ、説明を続けけた…ノアの顔が心なしか赤い。
少し、ミルルが銃を向けてることに関して動揺してる可能性もある。
〔現妃様たちも遊女時代には名前がなかったんですが…。
御子息を出産して以後、将軍様から名前が頂けた形です〕
≪名前…貴重なのね?
ノアはいつ頂いたの?≫
〔この軍施設に入ってからですね…。
それから我が国の平均初産は14歳…。
平均寿命は17歳…。
エイズに関しては…国民の4分の1を占める…国民病ですから。
14歳で出産に関しては珍しくありません。
全員がそれぐらいですね…。
私も平均寿命は越えたわけですし…〕
≪ノアは何歳なの?
全く外人の歳は不明よ≫
〔一般的にこの国で女性は20歳から先はカウントを止めると決めてます。
ただ、貴方と歳はそこまで離れてません。
それだけ教えておけば十分でしょう〕
ノアは化粧室の手洗い場の前で…きつそうな表情をしながら、胸元を押さえつけてる。
ミルルはノアの隣で、銃口をノアへ向けてるけど…右手がヤル気を失いつつある。
≪そう…。
丁寧に解説ありがとう。
将軍様が35歳ってことは…変ね?。ミルルとの歳の差が18歳でしょう?
お母さんからは…20歳のターシャ大学の医学生から精子提供を受けて精子バンクを介してミルルが生まれたって説明を受けたんだけど…≫
ミルルは一応、撃つふりだけをしてる。
ノアはずっと胸を苦しそうに摩ってる。
手洗い場の鏡にノアの表情が写ってる。
顔がやはり赤い。
熱中症な可能性もあるし…何だろう?
〔実際には将軍様が17歳の頃です…、精子バンクに登録をなさったのは…。
まだ幼名で将軍様がミール様と呼ばれていた時代ですね…。
当時、ミール様のご両親が相次いで、突然死をお越し、国としても焦っていたのは確かです。
複数の遊女さまが相手をなさったのですが…なかなか子宝に恵まれなくて…。
あらゆる手を尽くしていた頃の話ですね…〕
≪突然死…したの?
将軍様の両親ってことは…ミルルの祖父、祖母にあたるんでしょう?
体がそんなに弱い人だったわけ?
何歳まで生きたの?≫
〔そうですね…死亡した歳は覚えてないのですが…。
この国としては…年相応の…寿命でしたね…。
当時、私も物心がまだついてなくて…。
知識に乏しいので…〕
≪ふうん…≫
〔私が幼少時代に、この国の前将軍様と前サン妃様…それ以外にも…。
前イチ妃様、前二妃様…他にも…長男のイチール様、二男のニール様などが…。
相次いで…6名も・…伝染病なのか…突然死を起こしました。
大変な事件でしたね…あれは…。
今から、18年も前…ミルル様が生まれる前の年の話です〕
≪ミルルが生まれる一年前に?≫
〔はい…。
それから、6名が相次いで死んだ現将軍様が17歳の頃から、実に4年後…。
現イチ妃様との間に長男…イチミル様が生まれ…。
現将軍様は…21歳にして…幼名のミールから将軍様へと呼称を改め、即位してから14年の歳月が流れ…現在へ至る訳です〕
≪ふうん。
外…砂嵐でしょ?
窓の外から見えてるけど…。
あそこに…いるわけ?
将軍様やその家族などが…。
あんな砂埃で…パレードをしてるわけ?
ターシャ国ならあり得ないわ。
警報が出るレベルだわ。
視界が曇り過ぎて、遠くが見えにくいわよ≫
〔まあ…。
これが日常ですので…。
私は別に慣れてますが…。
貴方はそうではないのですね…。
今日は年に一度の邪神祭りですからね…〕
≪熱風よ?
何℃なの?
この風は…≫
〔50℃ぐらいでしょう・…。
まだマシな方です〕
≪あり得ないわ…≫
〔ミルル様、お願いがあります。
私の手にある手錠を一度、外して下さい。
それから、私の右手は・・トイレのドアノブと手錠を繋げて下さって構いませんわ。
お手洗いが私もしたいです〕
≪手洗い?
本当なの?
逃げない?≫
〔この頬に出来た痣はミルル様への忠誠の証。
私を信用した方が身のためです〕
ミルルは銃を持つ手を緩めた。
さっきから、殺意を失いつつある。
≪良いわ。
逃げないでよ≫
〔ありがとうございます〕
ノアは背中の後ろで両手に手錠をはめてるけど…。
ミルルは鍵を開けて、それから…ノアの右手とドアノブを手錠を繋げた。
その間も警戒をしてるけど…。
ノアは反撃の素振りを見せない。
ミルルが手洗い場のドアの前で立って待ってると。
暫くして、トイレの流水音が背後で聞こえた。
本当にトイレがしたかっただけみたいで。
終了すると自分から、ドアを開けて出て来たことには驚いた。
〔さあ、行きましょうか?
私は逃げも隠れもしませんわ〕
≪貴方は…ミルルの味方なの?
敵なの?≫
〔味方に決まってますわ。
この頬に出来た痣はミルル様への忠誠の証ですからね?
うふふふふふ〕
ノアは黒笑をした。
ミルルはまだ信用ならないけど…しかめ面になって、ノアの右手からドアノブへ繋がる手錠を、鍵を開けて外した。
それから再び、ノアの両手を背中で組ませて、ノアの両手を手錠で繋げた。
ノアが着てる黒装束のポンチョは…腕まで、スッポリと隠せる。
お蔭で手錠をしてることが、他人目線にバレナイのが助かる。
☆☆☆
手錠した途端、背中で手を組んだまま…ノアが先に階段を下りる。
ミルルはノアに逃げられないように銃口を相手へ向けてる。
これは段々、演技になりつつある…。
どんどん怒りを失いつつある。
それに…歩いてる最中ですら、暑い。
思考力が落ちていく・・。
例えてみるなら…サウナはじっと待ってるけど…。
サウナの中で階段を歩く並みの運動をしてる気分…。
これに慣れるなんて無理すぎる。
ミルルの頑丈な体ですら、これ。
弱いターシャ人ならすぐにダウンだと思う。
〔一階は冷房はありませんが…。
耐えられますか?〕
≪耐えなきゃ仕方ないでしょう?
車はどうなの?
効いてるの?≫
〔オープンカーですから。
風は涼しいです〕
≪涼しい?
風が暑いわよ。
強風よ≫
赤い螺旋階段を円状に下りて行く。
下りた先の一階、に着いたときには・…。
ミルルはまだ暑いのかと…。
弱音を吐きそうになった。
一階は驚いたことに…風が吹き抜けてる。
廊下に窓はあるのに…窓ガラスがない、外から風が吹きまくってる。
〔着替え室は・・この先です〕
≪ちょっと待って。
窓にガラスがないわよ。
着替え室はどうなの?
これ?≫
〔そんなことを言ってるのは貴女だけです。
別に他の人たちは普通に着替えてます。
黒い装束だけですから〕
≪窓がない部屋な訳?
冷房はまだなの?≫
〔この施設の6階以外にはありません。
将軍様専用のエレベーターと玄関はあります〕
≪嘘でしょう?
暑いわ…≫
ミルルも毒舌する元気さえ奪われる。
この暑さ…会話をすれば、喉が渇く。
さっき水は飲んだけど…水は貴重だと言うことを懇々と教えられたから。
ミルルは邪神語で着替え室と表示された部屋に入った。
着替え室なのに…窓がある癖に、窓にガラスがなくて…カーテンすらない。
部屋の中まで温風が通ってる。
強風に掛かってる服が揺れまくってる。
黒装束は壁の上へ巨大な洗濯バサミで吊るされてる。
例えてみるなら揺れまくってる風鈴のようにいくつもの黒装束が揺れまくってる。
ミルルの髪もセットどころじゃない。
自慢のストレートな茶髪が・・さっきから重力に反して揺れまくってる…。
あの、黒装束…。
脚まで見えないぐらいの丈…それから…腕も長袖…。
あんな服を着る気になれない…。
見るからに暑そう…。
〔着替えてください…〕
≪カーテンないでしょう?
ここ?
庭が丸見えよ…≫
〔軍の方はみんなそうです。
隅で着替えれば良いでしょう…
机の下へ隠れてとか…〕
≪水筒はあるの?≫
〔軍用の黒装束衣装には全て揃ってます。
私はミルル様が勝手に暴れて銃口を突き付けられて脅されたって話にしときます。
将軍様から私がお咎めをくらいそうになったら、庇ってくださいよ。
これだけの情報を渡したのですから。
私も命が欲しいので〕
≪分かったわよ…≫
庭には誰もいない。
強風に煽られて揺れまくってる黒装束衣装を物干しサオから洗濯バサミを剥ぎ取り、手に取った。
それから、ミルルは一応、言われた通り…机の下へ隠れた。
確かにここぐらいしか…視界が見えない場所がない。
桃色のノースリーブ服は剥いで、白いブラジャーと無地にウサギ柄カボチャパンツだけになる。
暑すぎるからこれだけの衣装でも別に良いレベル。
でも、この強風…こころなしか…。
砂埃が痛い。
桃色のワンピがいつの間にかすすけてる。
脚丈が長く、長袖な黒装束を上から被れば…。
思った以上にペラペラな素材。
これならそこまで暑くない。
シースルーが入ってはいないけど…それぐらい軽い。
黒だからこれは意外だった。
それから…汗が肌に張り付いて来ない素材。
≪ここは熱風で暑いわ…。
でも、この服…着てもマシね≫
〔そうでしょう…。
サテンですから…〕
≪砂ぼこりにこれは良いわね‥。
砂嵐が痛いわ‥。
ミルルは・・・眼鏡だから助かってるけど…。
住民はどうしてるわけ…≫
〔だからこそ、フードを被るのです。
黒装束衣装の後ろに…フードがあるでしょう?
被ってみては…〕
≪今は良いわ…暑すぎるから。
今日ほど、近眼に感謝したことはないわ…。
眼鏡が壊れないかだけ気になるけど…。
凄い砂埃ね…。
ドライブ中にしても良いわ…≫
〔ドライブ中はくれぐれもフードをするように…。
女性ドライバーだと分かられると・・。
盗賊に襲われるので…〕
≪分かってるわよ≫
今、ミルルの髪は揺れまくってる…。
自分の桃色ワンピは…まるでスッポリ全身入るポンチョのような黒装束衣装に備え付けられてる収納袋に隠した。
確かに黒装束衣装のポンチョ内側には魔法瓶も入ってる。
これは助かる…。
部屋から出たら、フードを被った。
これで、軍の人に模倣が出来る。
その間も一応、ノアには銃を向けてる。
やっぱり信用できないから。
ノアは黒く長い車の前で止まった。
確かに…この車…天井がない。
窓もない…。
乗るだけの車。
そこにノアは…黒い靴下から鍵を出した。
≪鍵を持ってたの?≫
〔この装束にはいくつもの仕掛けがありましてね…。
説明はあとで良いでしょう…〕
☆☆☆
第4部ミルルB
目次
第4部ミルルD
ゼロのところへなら案内いたしましょう?
どうですか?
この国の姫様と知って嬉しいですか?
私は貴女が殺したいレベルに羨ましい…。
この国でここまで優遇っされて…。
憎ましい…〕
確かに撃つ気は一瞬、なくなった。
キセキさんの怯えた顔を思い出したから。
キセキさんと同じ表情をした人間を殺す気には別にならない。
別に、気に入ったと言っても、人間として。
性的には無理すぎだけど、ミルルはノーマルだし。
ただ、こういう遊びが大好きなのは確か…。
それも子供時代から。
苛めるのがたまらない。
気に入った人間ほど、しつこく追い掛け回したくなる。
嫌われるレベルに…。
そう言う自覚はあるし…そのせいで、キセキさんにはとことん、嫌われてしまった。
≪気分最悪だわ。
嘘でしょう?
精子バンクだとは聞いてたわ、母から…。
ターシャ国立大学の医大生だと…≫
〔偽造戸籍です。
貴方の髪、…それから…DNA鑑定でも、一致してます。
ゼロのデーターからもそれが…〕
≪どうでも良いわ、案内して頂戴…。
その囚人施設へ≫
〔良いでしょう…。
拳銃をこちらへ〕
≪渡す訳ないでしょう?
これは私を守る道具よ。
これさえあれば、全員…命令に従うんだから…≫
良いおもちゃだわ。
皆がミルルを見て、怯える。
これほど楽しいことなんてない。
面白すぎる。
〔囚人施設は外を出て、南の橋を渡らなければなりません。
貴方には暑いと思いますが…耐えられますか?〕
≪体力だけは自信があるわ、良いわ…≫
〔…〕
ノアはそこで口を閉ざした。
ミルルは頭が混乱気味…。
邪神国にミルルのお父さんがいるらしい件について…。
ミルルの親は誰もいないと信じて生きてきた。
ミルルは稼いでるし、一人で生きてる気でいた。
別に父に関してはどうでも良いけど…。
ただ、この国から帰れる確率が…グンと減りそうな気がして仕方ない。
ノアは何が魂胆なの?
この女、一癖も二癖もあることだけは分かる…。
〔この国では…悪こそが尊いとされてます。
だから、この国の住人と話すときは…それを前提に話さなければ…。
処刑が決行されます。
理解してますか…。
まあ、大丈夫でしょうけれど…〕
≪知ってるわ…≫
〔外は50℃を越えてます。
水が必要でしょう…。
私の黒装束衣装の中に水筒が入ってる筈です。
ここにある水を入れるべきです。
この手洗い場の水は飲み水も兼ねてますから〕
≪…饒舌ね…≫
〔私が囚人施設へ案内したとなれば、すべて私の責任になってきます。
水は必要でしょう〕
ミルルは仕方なしに…ノアの黒装束な衣装から水筒らしきものを取った。
魔法瓶みたい。
それから、水道の蛇口をひねって、水を入れる。
〔私は魔法瓶ですが…。
この軍事施設は…国の重要機関です。
水はこの国では貴重です。
それから…外は治安が大変で…。
この水筒を巡って、争いが…。
私に手錠をしたと言うことは…野党が襲ってきた場合、貴女が対処をしなければなりません・・。できますか・・?
庶民は山羊の皮で出来た水筒ですら…高級です。
この魔法瓶はこの国の宝です〕
≪何、言ってる訳?
普通の魔法瓶でしょ?≫
〔邪神国では現在、オアシスの利権を巡って…。
争いが絶えません…。
邪神国内部に3部族がいて…。
新派、旧派、異端派…。
この3部族が…この場所、聖地を巡って…外では争いが…。
囚人施設は…このオアシスの外れです〕
≪…水に乏しい話なら聞いてたわ。
実感、沸かないわね…。
ここは手洗いも完備されてるじゃない?≫
〔軍事施設だからです。
将軍様のお陰です…。
将軍様の御厚意で…私たちは守られています…〕
≪将軍様万歳なわけね…≫
〔しかし、外は砂嵐です。
拳銃の腕は確かですか?
うろうろ、危険人物がいます。
その辺一帯、盗賊ばかりです。
ターシャ国と同じと思ってもらったら、困ります。
囚人施設へ向かうのは止した方が…。
女二人で出るような場所ではありません…〕
≪脅してる訳?
歩くわよ。
どれぐらいの距離よ?
それとも…車なの??≫
〔車の方が賢明でしょうね…。
10km程度で歩けない距離ではありませんが…。
この手錠があれば、私が運転することは…無理でしょうけど…〕
交渉をしてるみたい…。
≪運転…してくれるかしら?
車の中で手錠は取るわ≫
〔物わかりがよろしい。
それなら、まず、手洗い場を出て、階段を下りましょう〕
≪…≫
運転しなければならない距離みたい。
運転中は…ミルルは銃をノアに向ける気ではいるけど…。
隙を見せたら、この女…反撃してきそうで…何だか、仕方ない。
〔もう一つ、その衣装で…外に出るのは止しなさい。
襲われます。
絶対です。
例え、暑くても私と同じ黒装束衣装に着替えなさい〕
≪自棄にお節介じゃないの?
何が魂胆なの?≫
〔車で運転中に貴方が・・誰かに襲われた時、私は…貴女から拳銃を奪われてる状況にあります。
誰が…私の身を守るのですか?
リスクは少ない方が賢明でしょう…。
そんな桃色ノースリーブワンピで歩いてるのは・・この国では売春婦しかいません。
真っ先に絡まれるでしょう。
それから…どうなるかは私も保証できません…。
水筒があると知れば、連中は…目の色を変えるでしょう…〕
≪…。
信じられないわ。
普段、何を飲んでる訳?
この国って…≫
〔山羊のミルク…それぐらいです。
山羊は海水を飲んで生きてます。
人はその山羊から出るミルクを飲みます。
その山羊のミルクも高価で…たまに降る雨水を…庶民は雨乞いをします。
真水は更に高価です。
水があるだけで本気で…軍の者と判断され、嫉妬もかねて殺されます。
私は真実を述べてます…。
ここは砂漠ですから〕
≪…。
水を飲まないの?≫
〔水は高価です。
それ以上は話せません…。
輸血の血液ですら飲料として欲しがるレベルに…この国では水に飢えてます…。
だからこそ、将軍様は…ターシャ国を手中にしようと躍起になってます。
将軍様があっての国です〕
≪…人間の生き血を吸う訳?
まるでドラキュラね…≫
〔邪神国では普通です。
まあ、貴女には理解できない世界でしょうけど。
外は危険だと言うことは伝えておきましょう。
まず、軍事用の着替え室へ向かうべきです。
その衣装はお良しなさい。
それが賢明です〕
≪仕方ないわ…。
その着替え室はどこなわけ?≫
〔一階にあります〕
☆☆☆
ノアに案内されて、ミルルは付いていく。
≪エレベーターとかないわけ?≫
〔エレベーターは軍でも上の方しかつかえないんですがね…。
我が国は電力事情が困難で。
なるべく節電と言われてますので。
将軍様の許可証があれば、つかえますが…。
鍵がないとエレベーターは使えませんね。
勝手に使えば、あとから、将軍様からお咎めが…。
それでも良いですか?
将軍様のお妃さまや…御子息…それから遊女様、…妃さまの宦官様などは…自由に使えるのですが…。
私は別にそう言う訳でもないので…〕
≪遊女がいるの?
まあ、いそうだけど…≫
〔遊女と言うより…愛人ですね…。
これ以上は私は口を慎みましょう。
まだ、私を信用しないのですか?
隣にある銃が邪魔なんですが…〕
≪銃ね?
信用できるわけないでしょう?
どうせ、この銃がなければ…その足で貴女は助けを呼ぶに決まってるでしょ?
でも変ね?
その割には…ミルルが入れられてた部屋には冷房が完備されてたし、6階の手洗い場にも冷房が効いてたじゃない?
矛盾してるわよ≫
〔一応、VIP待遇ですので・…。
6階は将軍様も通りになる部屋なのですが…。
1階は軍用施設なので…〕
≪ふうん…。
階段なの?≫
〔電力が乏しいのです。
この大地には太陽光さえ降り下りてこない砂嵐でまみれて…。
高温な地形ですが…太陽光発電なんて代物は無理で。
それから…水力にも乏しく。
電動力が足りてない事情があります〕
≪風力発電で良いんじゃないの?≫
〔コスト面ですね…。
資源に乏しい国ですので…〕
≪はあ…。
いろいろ鎖国だから、全く状況は分からないけど…。
階段なの?
良いわよ?
別に…。
運動にもなるでしょう?≫
ミルルは6階の廊下を渡って、階段があるらしいという赤い扉を開けた。
その瞬間、驚いた。
信じられないくらいの熱風が…階段の下からムワっとやって来る。
例えてみるならドライヤーの温風みたいな…。
≪ちょっと、何なの?
これ…≫
まるで、ドアの先はドライサウナ・・。
風が肌に焼けついて来る。
ミルルの長い髪が熱風で揺れまくる。
ノアの髪も揺れてる…。
ノアはそれでも…長袖の黒装束を着てる・・。
どう見ても、暑そうなのに、平然としてる。
≪ストップ。
水を飲んでからにするわ。
階段へ下りるのは…≫
〔やはり…ターシャ人では無理でしたか?
この先、囚人施設へ向かう際は…ずっとこれになりますよ?〕
≪そのために脱水対策として、水を飲んでからにするわ。
水筒がそれだけしかないわけでしょ?≫
〔そうですね…。
2リットル満杯で足りませんか?〕
≪念には念よ…。
ゼロさんは水、飲んでるの?≫
〔さあ…一日500ミリリットルもあればこの国の人なら足りるでしょうが…。
それだけ汗をかくなら…。
貴方には水が必要かもしれませんね〕
≪手洗い場へ戻りなさい、魔法瓶はそれだけなわけ?≫
〔魔法瓶が欲しいのですか?
しかし…貴重なのですが…。
一階にあります。
兵士には配給として、ランクに応じて…1〜2リットルの水が毎日、配られますから。
しかし、水が自由に飲めるのはこの階だけです。
ここは王族専用の階ですから…。
一応、VIP待遇なんですよ?〕
≪そう…。
それなら…。
でも、まず…水は飲むわよ…≫
〔汗かきなんですか?〕
≪尋常じゃないわよ。
飲めるだけ飲んでおくわ≫
ここは王族専用な階らしいけど…。
ミルルがこの国の将軍の精子バンクで生まれた娘だって知った。
そんな人間が、多分…ノアを威嚇したところで…。
ミルルは殺されない。
ノアの発言一つ一つで感じることは…。
ノアはどうもミルルを手中にしたいみたい。
要するにノアは…この国の将軍の愛人でもないし…妃でもない。
ノアはどれぐらいの権力者なのか不明だけど…そんな気がする。
それからエレベーターを使う権利すらないみたい。
ミルルはノアよりこの国では強いのかもしれない・・権力が。
まだ、将軍と会ってないから分からないけど…。
それにしても…課題は…。
まず、ゼロさんを助け出すこと。
それから…この事実を知ったけど…。
果たして、無償でミルルを祖国へ返還してくれるかってこと。
知れば知るほど、返してもらえない可能性が高くなる。
ミルルは一人、手洗い場へ急ぎ足で戻った。
それから水道の蛇口をひねって、喉を潤した。
ゴクゴク…。
ノアは目をパチクリしてる。
今、銃をノアに向けてない。
ノアは今なら…叫んで、ミルルが脱出を図ってることを全員に伝えられる。
でも、敢えてそれをしない…。
何を考えてるのか…そこは不明。
お腹が水腹になるぐらい飲んでいい。
本気で階段一歩先は…ドライアー並みの熱風。
ここぐらいしか…しかも水がないらしいから…。
≪飲んだわよ、行きましょう≫
〔慎重なんですね…。
向こう見ずな方かと…〕
ミルルは再び、ノアに銃を充てた。
≪窓の下…ずっと整列してるわね‥。
今日は軍事パレードなのね…≫
〔年に一度の邪神祭りですから・・。
今日は…。
将軍様や妃さまも外でパレードの観戦をしてらっしゃるでしょう・…。
ミルル様はこの国の事情に詳しくないでしょうから…私が説明をしましょう…〕
ノアはコホンと咳ばらいをした。
ミルルが銃口を充ててるのにも関わらず、ノアは平然としてる。
〔現在の将軍様は幼名をミールと言い、今…35歳です。
それから、その妻に関しては…。
一人目は…イチ妃は28歳で、息子はイチミル、14歳。
二人目の妻は…二妃で23歳、息子はニミル、10歳。
三人目の妻は…サン妃18歳、息子サンミルは3歳でしたが…。
DNA鑑定の結果、サン妃の息子サンミル様が将軍様の子ではないことが判明してですね…。
今年…奥様もサンミル様も国罪人として…処刑決行されたところです。
私の説明…覚えましたか?〕
ミルルは一応、銃はそのまま片手に握ってる。
そこでニンマリ、ミルルは笑みを浮かべた。
≪自棄にイチ妃、ニ妃、サン妃と適当な名前じゃないの?
ミルル、歴史は得意だわ。
それから…イチ妃は14歳で出産でしょう?
それからニ妃は13歳で出産…サン妃も…15歳で出産…早くない?
息子の名前も適当だわ…イチミル、ニミル、サンミルでしょう?
お蔭で覚えやすいけど…≫
能力を自慢するのはとても楽しい。
ミルルの反応にノアは機嫌を良くした。
〔我が国で名前が頂けるのは特権階級なので…。
それから、我が国ではミール貝を他とする貝が…将軍様一族にだけ許される高級食材なので。
その運気にあやかろうと貝を元にした名前が将軍家にはよく付けられます〕
≪ミルルは…どうして…。
こういう名前なの?
お母さんが名付けたんでしょう?
自棄にミルルにそっくりな名前ばかりね…。
まさか、名付け親が将軍なの?≫
〔いいえ。
それこそ、将軍様も驚いてます。
これは本当の偶然です〕
≪偶然…なの?≫
〔ミルル様は…貝がお好きですか?〕
≪そう言えば…ミルルを妊娠した時に、お母さんがミール貝ばかり食べたくなったから…。
ミルルって銘々したとか話してたけど…≫
〔将軍様一族もミルル様と同じ嗜好で、ミール貝を好んで食べてますわ。
だから、名前に関しては本当に偶然で…。
私も驚きですね〕
≪そうなの…≫
ミルルは銃を向けてるけど…撃つ気を失くしつつある。
ノアは胸元を手で抑えつけ、説明を続けけた…ノアの顔が心なしか赤い。
少し、ミルルが銃を向けてることに関して動揺してる可能性もある。
〔現妃様たちも遊女時代には名前がなかったんですが…。
御子息を出産して以後、将軍様から名前が頂けた形です〕
≪名前…貴重なのね?
ノアはいつ頂いたの?≫
〔この軍施設に入ってからですね…。
それから我が国の平均初産は14歳…。
平均寿命は17歳…。
エイズに関しては…国民の4分の1を占める…国民病ですから。
14歳で出産に関しては珍しくありません。
全員がそれぐらいですね…。
私も平均寿命は越えたわけですし…〕
≪ノアは何歳なの?
全く外人の歳は不明よ≫
〔一般的にこの国で女性は20歳から先はカウントを止めると決めてます。
ただ、貴方と歳はそこまで離れてません。
それだけ教えておけば十分でしょう〕
ノアは化粧室の手洗い場の前で…きつそうな表情をしながら、胸元を押さえつけてる。
ミルルはノアの隣で、銃口をノアへ向けてるけど…右手がヤル気を失いつつある。
≪そう…。
丁寧に解説ありがとう。
将軍様が35歳ってことは…変ね?。ミルルとの歳の差が18歳でしょう?
お母さんからは…20歳のターシャ大学の医学生から精子提供を受けて精子バンクを介してミルルが生まれたって説明を受けたんだけど…≫
ミルルは一応、撃つふりだけをしてる。
ノアはずっと胸を苦しそうに摩ってる。
手洗い場の鏡にノアの表情が写ってる。
顔がやはり赤い。
熱中症な可能性もあるし…何だろう?
〔実際には将軍様が17歳の頃です…、精子バンクに登録をなさったのは…。
まだ幼名で将軍様がミール様と呼ばれていた時代ですね…。
当時、ミール様のご両親が相次いで、突然死をお越し、国としても焦っていたのは確かです。
複数の遊女さまが相手をなさったのですが…なかなか子宝に恵まれなくて…。
あらゆる手を尽くしていた頃の話ですね…〕
≪突然死…したの?
将軍様の両親ってことは…ミルルの祖父、祖母にあたるんでしょう?
体がそんなに弱い人だったわけ?
何歳まで生きたの?≫
〔そうですね…死亡した歳は覚えてないのですが…。
この国としては…年相応の…寿命でしたね…。
当時、私も物心がまだついてなくて…。
知識に乏しいので…〕
≪ふうん…≫
〔私が幼少時代に、この国の前将軍様と前サン妃様…それ以外にも…。
前イチ妃様、前二妃様…他にも…長男のイチール様、二男のニール様などが…。
相次いで…6名も・…伝染病なのか…突然死を起こしました。
大変な事件でしたね…あれは…。
今から、18年も前…ミルル様が生まれる前の年の話です〕
≪ミルルが生まれる一年前に?≫
〔はい…。
それから、6名が相次いで死んだ現将軍様が17歳の頃から、実に4年後…。
現イチ妃様との間に長男…イチミル様が生まれ…。
現将軍様は…21歳にして…幼名のミールから将軍様へと呼称を改め、即位してから14年の歳月が流れ…現在へ至る訳です〕
≪ふうん。
外…砂嵐でしょ?
窓の外から見えてるけど…。
あそこに…いるわけ?
将軍様やその家族などが…。
あんな砂埃で…パレードをしてるわけ?
ターシャ国ならあり得ないわ。
警報が出るレベルだわ。
視界が曇り過ぎて、遠くが見えにくいわよ≫
〔まあ…。
これが日常ですので…。
私は別に慣れてますが…。
貴方はそうではないのですね…。
今日は年に一度の邪神祭りですからね…〕
≪熱風よ?
何℃なの?
この風は…≫
〔50℃ぐらいでしょう・…。
まだマシな方です〕
≪あり得ないわ…≫
〔ミルル様、お願いがあります。
私の手にある手錠を一度、外して下さい。
それから、私の右手は・・トイレのドアノブと手錠を繋げて下さって構いませんわ。
お手洗いが私もしたいです〕
≪手洗い?
本当なの?
逃げない?≫
〔この頬に出来た痣はミルル様への忠誠の証。
私を信用した方が身のためです〕
ミルルは銃を持つ手を緩めた。
さっきから、殺意を失いつつある。
≪良いわ。
逃げないでよ≫
〔ありがとうございます〕
ノアは背中の後ろで両手に手錠をはめてるけど…。
ミルルは鍵を開けて、それから…ノアの右手とドアノブを手錠を繋げた。
その間も警戒をしてるけど…。
ノアは反撃の素振りを見せない。
ミルルが手洗い場のドアの前で立って待ってると。
暫くして、トイレの流水音が背後で聞こえた。
本当にトイレがしたかっただけみたいで。
終了すると自分から、ドアを開けて出て来たことには驚いた。
〔さあ、行きましょうか?
私は逃げも隠れもしませんわ〕
≪貴方は…ミルルの味方なの?
敵なの?≫
〔味方に決まってますわ。
この頬に出来た痣はミルル様への忠誠の証ですからね?
うふふふふふ〕
ノアは黒笑をした。
ミルルはまだ信用ならないけど…しかめ面になって、ノアの右手からドアノブへ繋がる手錠を、鍵を開けて外した。
それから再び、ノアの両手を背中で組ませて、ノアの両手を手錠で繋げた。
ノアが着てる黒装束のポンチョは…腕まで、スッポリと隠せる。
お蔭で手錠をしてることが、他人目線にバレナイのが助かる。
☆☆☆
手錠した途端、背中で手を組んだまま…ノアが先に階段を下りる。
ミルルはノアに逃げられないように銃口を相手へ向けてる。
これは段々、演技になりつつある…。
どんどん怒りを失いつつある。
それに…歩いてる最中ですら、暑い。
思考力が落ちていく・・。
例えてみるなら…サウナはじっと待ってるけど…。
サウナの中で階段を歩く並みの運動をしてる気分…。
これに慣れるなんて無理すぎる。
ミルルの頑丈な体ですら、これ。
弱いターシャ人ならすぐにダウンだと思う。
〔一階は冷房はありませんが…。
耐えられますか?〕
≪耐えなきゃ仕方ないでしょう?
車はどうなの?
効いてるの?≫
〔オープンカーですから。
風は涼しいです〕
≪涼しい?
風が暑いわよ。
強風よ≫
赤い螺旋階段を円状に下りて行く。
下りた先の一階、に着いたときには・…。
ミルルはまだ暑いのかと…。
弱音を吐きそうになった。
一階は驚いたことに…風が吹き抜けてる。
廊下に窓はあるのに…窓ガラスがない、外から風が吹きまくってる。
〔着替え室は・・この先です〕
≪ちょっと待って。
窓にガラスがないわよ。
着替え室はどうなの?
これ?≫
〔そんなことを言ってるのは貴女だけです。
別に他の人たちは普通に着替えてます。
黒い装束だけですから〕
≪窓がない部屋な訳?
冷房はまだなの?≫
〔この施設の6階以外にはありません。
将軍様専用のエレベーターと玄関はあります〕
≪嘘でしょう?
暑いわ…≫
ミルルも毒舌する元気さえ奪われる。
この暑さ…会話をすれば、喉が渇く。
さっき水は飲んだけど…水は貴重だと言うことを懇々と教えられたから。
ミルルは邪神語で着替え室と表示された部屋に入った。
着替え室なのに…窓がある癖に、窓にガラスがなくて…カーテンすらない。
部屋の中まで温風が通ってる。
強風に掛かってる服が揺れまくってる。
黒装束は壁の上へ巨大な洗濯バサミで吊るされてる。
例えてみるなら揺れまくってる風鈴のようにいくつもの黒装束が揺れまくってる。
ミルルの髪もセットどころじゃない。
自慢のストレートな茶髪が・・さっきから重力に反して揺れまくってる…。
あの、黒装束…。
脚まで見えないぐらいの丈…それから…腕も長袖…。
あんな服を着る気になれない…。
見るからに暑そう…。
〔着替えてください…〕
≪カーテンないでしょう?
ここ?
庭が丸見えよ…≫
〔軍の方はみんなそうです。
隅で着替えれば良いでしょう…
机の下へ隠れてとか…〕
≪水筒はあるの?≫
〔軍用の黒装束衣装には全て揃ってます。
私はミルル様が勝手に暴れて銃口を突き付けられて脅されたって話にしときます。
将軍様から私がお咎めをくらいそうになったら、庇ってくださいよ。
これだけの情報を渡したのですから。
私も命が欲しいので〕
≪分かったわよ…≫
庭には誰もいない。
強風に煽られて揺れまくってる黒装束衣装を物干しサオから洗濯バサミを剥ぎ取り、手に取った。
それから、ミルルは一応、言われた通り…机の下へ隠れた。
確かにここぐらいしか…視界が見えない場所がない。
桃色のノースリーブ服は剥いで、白いブラジャーと無地にウサギ柄カボチャパンツだけになる。
暑すぎるからこれだけの衣装でも別に良いレベル。
でも、この強風…こころなしか…。
砂埃が痛い。
桃色のワンピがいつの間にかすすけてる。
脚丈が長く、長袖な黒装束を上から被れば…。
思った以上にペラペラな素材。
これならそこまで暑くない。
シースルーが入ってはいないけど…それぐらい軽い。
黒だからこれは意外だった。
それから…汗が肌に張り付いて来ない素材。
≪ここは熱風で暑いわ…。
でも、この服…着てもマシね≫
〔そうでしょう…。
サテンですから…〕
≪砂ぼこりにこれは良いわね‥。
砂嵐が痛いわ‥。
ミルルは・・・眼鏡だから助かってるけど…。
住民はどうしてるわけ…≫
〔だからこそ、フードを被るのです。
黒装束衣装の後ろに…フードがあるでしょう?
被ってみては…〕
≪今は良いわ…暑すぎるから。
今日ほど、近眼に感謝したことはないわ…。
眼鏡が壊れないかだけ気になるけど…。
凄い砂埃ね…。
ドライブ中にしても良いわ…≫
〔ドライブ中はくれぐれもフードをするように…。
女性ドライバーだと分かられると・・。
盗賊に襲われるので…〕
≪分かってるわよ≫
今、ミルルの髪は揺れまくってる…。
自分の桃色ワンピは…まるでスッポリ全身入るポンチョのような黒装束衣装に備え付けられてる収納袋に隠した。
確かに黒装束衣装のポンチョ内側には魔法瓶も入ってる。
これは助かる…。
部屋から出たら、フードを被った。
これで、軍の人に模倣が出来る。
その間も一応、ノアには銃を向けてる。
やっぱり信用できないから。
ノアは黒く長い車の前で止まった。
確かに…この車…天井がない。
窓もない…。
乗るだけの車。
そこにノアは…黒い靴下から鍵を出した。
≪鍵を持ってたの?≫
〔この装束にはいくつもの仕掛けがありましてね…。
説明はあとで良いでしょう…〕
☆☆☆
第4部ミルルB
目次
第4部ミルルD